アメリカ一周自動車の旅 (2000年4月〜6月) |
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私が、スタンフォード大学の客員研究員だったとき、ふとした拍子で、 ラミネート加工された渋いアメリカのハイウエーマップを買うことになった。 この地図を広げると、アメリカ全体が見渡せるという代物だ。 これが、この旅行の始まりだろう。 それ以来、アメリカを車で一周したいと思うようになった。 そして、その思いは常に私についてまわり、日に日に募るばかりだった。 そのワクワクする思いはセスナ操縦のレッスンを始めたいと 思った時と同じくらい強かった。 ある晩、私はおおざっぱな一ヶ月の計画をたてた。 そして、この実行可能な計画を見たときから、 アメリカを車で回りたいと思う思いは抑えられなくなった。
この計画を実行する最初のチャンスは1999年の11月、私が退職しようと 決めたときに訪れた。 しかし、出発のちょうど当日にわたしは2通のE-mailを受け取り、 私は出発を断念せざるを得なくなった。1通目のメールは私にとって とてもプラスなもので、歓迎しない手は無かったのだが、 もう一つの方は、非常に不幸な知らせであった。 とにかく、このメールは私の行く手を阻み、私はあきらめざるを得なかった。 いい知らせの処理を済ませ、悪い知らせに対処した後、私は二度目のチャンスを つかんだ。2000年4月10日のことである。 もともとの計画は、冬のはじめに立てたので、 San FransiscoからSeattleに北上し、その後Bostonまで大陸を横断し、 Key Westまで南下し、アメリカ中部を走り、San Fransiscoまでもどって来る つもりであった。が、今は春なので、私はまず、南下し、 アメリカ大陸を反時計回りに回ろうと決めた。 「流れ」がまるで、私に悪い時期をさけて最も旅行に適した時期を 選ばせたように思えるから不思議だ。 今まさに自分の力をためす時が来た。 全てをこの幸運の「流れ」にゆだねて。
この場をかりて私を助けてくださった多くの人に感謝をしたい。 この旅行を実行させてくれた妻の久美、娘の真弥、母と父。 そして、準備期間の3ヶ月間もの間、私のJeepを預かってくれていた Sophia(ソフィア)、家に泊めてくれ、このホームページの 作成にもアドバイスをしてくれた Thorsten(トーステン)とTonia(トーニャ)、 メールで常に励ましてくれた三宅聡氏と真澄氏、 航空券等の情報を提供してくれた森岡仁志氏、 その他多くの、有形無形の援助を下さった多くの人に感謝する次第だ。
旅行中多くのことが起こった。 いい思い出もあれば、悪い思い出もある。 でも全ていい経験だったと思う。 もっとも印象的だったのは Jeepが故障した時だろう。 が、このトラブルが無かったら、Colorado州FlaglarとKansas州Colbyの 親切な人たちに会わなかっただろう。 このトラブルのおかげで AAAにレッカーを頼んだり、見知らぬ人に電話で助けを求めたり、 ヒッチハイクをしたり、ナショナルレンタカーのフロントデスクで 特別のアレンジをお願いしたり、Citibankと格闘したりと、 多くの経験をした。 私はこの手の貴重な経験をいくらお金を出しても得られるものでは ないと自負している。
これを読んでいる人の中にはどこが一番良かったか聞きたいと思っている 人がいるのではないだろうか?道中で別にアバンチュールがあった 訳ではないので、「ローマです」という風にはっきりと答えることはできない のだが、あえて挙げると、 Arizona州、 South Dakota州、 Montana州、 Wyoming州 のように広大で乾燥したところが好きである。 もちろん Colorado州 でのスキーは言わずもがなだが。 逆に、私は Chicago 以外の汚い大都市にうんざりした。 本文を読めばそれがどこかは容易に検討がつくだろう。 人が作ったものでは、 Kennedy Space Center (ケネディースペースセンター)、 Ford Museum (ヘンリーフォード博物館)、 Museum of Flight (航空博物館)、 Boeing factory (ボーイングの工場見学) に大いに感動した。 エンジニアとしての本性を再確認した次第だ。
道中で「私は一人でアメリカを自動車で一周しているのです」 というと、「なんで、そんなことをするの?」と 聞かれることがしばしばあった。 そういうときはいつも、 「一人でアメリカをドライブして回るなんてすばらしい経験じゃないですか」 とか、 「う〜ん、これが私の生き方って感じかな」 とか 「人生における修行です」 などと説明して、わかってもらおうとした。 でも、それはいつもむだな努力だった。 いまでは、そういうばかな質問をする人は 旅のおもしろさ、人生における経験の大切さ、 人生のはかなさを理解できない人だと確信している。 そして、私の妻、両親、親友が決してそういう質問を しないということは、非常に恵まれているとつくづく思う次第である。
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最終更新日 2003年8月14日
Copyright (C) 橋本忠朗(はしもとただお)